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` 終戦直後に造られ激動の日本を駆けたSL「C-57 180」が、 今年も越後〜会津の新緑の中を力強く疾走しています。 そう、JR(東日本)磐越西線の人気企画列車 「SLばんえつ物語号」 です。 多くの鉄道ファンや乗車体験者が同乗体験記を載せてますから、 えちご屋情報部では(笑)、「SL機関車復活の顛末記」などをチョッと紹介したいと思います。 (某テレビの“プロジェクトなんとか”風にお送りします。( ̄▽ ̄;)ゞ) === 『SL ばんえつ物語号』 の物語 === ◆1.「鉄道の町:新津」 スマートで優美な車両形体から“SLの貴婦人”と呼ばれたC57型は、昭和44年に一度は役目を終えた。 しかし幸運にも180号機は引退後、「鉄道のまち新津」(現新潟市)で大切に保存されて過ごす。 新津(現新潟市秋葉区)は(国鉄)信越本線、羽越本線(含:米坂線)、磐越西線の交差基点であり、 ![]() 機関区・車両工場も持った、まさに“鉄道城下町” として戦後の発展をしてきた。 羽越・磐越の両線は電化が後回しになっており、 必然的にSL機関車の活躍場であった。 それはSL引退間近の昭和44(1969)年の盛夏のころ、新津機関区の一室でのことから始まる。 取材で来ていた地元新聞のA記者とSLマン・B機関士が、消えゆこうとするSL談義に花を咲かせていた。 「いっそのこと、鉄道のまち新津市として一台もらうことはできないものか・・・」 話に熱の上がったB機関士は思いつくまま、近くに居た資材庫担当の助役に相談を持ちかけた。 助役は冗談交じりといった表情ながらも、とにかく機関区長(組織トップ)に頼んでみようということになった。 翌朝それを耳にしたC機関区長が新潟支社の総務部に打診したところ、何とか期待に応えられそうとの返事。 こうして新津にSLを保存する話が“現実として”動き始めたのである。 幸運といえばそれまでだが、鉄道ゆかりの町、人員・施設の目途が付く といった条件があったのも事実だろう。 (国鉄の合理化・民営化の声もまだ静かだったことも幸運のひとつであろうか。) ◆2.「校庭をSLが走る!!」 “SLを保存する”と決まったものの、その巨体を解体・輸送し復元・組立てるには多大な費用と人手が要る。 話を向けられた市当局としては必ずしも無条件で喜べない。カネとヒトの負担という労苦が発生するのだ。 そこで実に“鉄道のまち”らしい方法が想起されたのである。 “保存場所を磐越西線直近の新津第一小学校の校庭としてそこまで臨時の線路を敷設し、 「蒸気機関車を自ら校庭まで運転させて移動する方法!」 で設置費負担が軽減できるのではないか” という前代未聞の試みであった。 早速、国鉄の本線(磐越西線引込み線)から校庭まで線路の敷設・運転が可能かが検討された。 とはいえ、何しろ機関車の長さは20mもあり小さいカーブでは通れず、水路や田んぼをまたぐ箇所もある。 排水溝や田んぼをまたぐ所は廃枕木で仮ケタを組み、校庭は表土に砂を入れて補強するなど工夫をした。 こうして、本線分岐点から長さ約250mの “一日だけの新線”(!?) が敷設されたのであった。 ![]() 180号機は昭和44年10月12日午前11時、 安住の地・新津第一小の校庭まで“レール上を走った”。 機関車の運転はなんと、あの“言いだしっぺ”B機関士! 名残の汽笛を響かせながら最徐行で校庭上を走り、 到着後には保線作業員らの手でしっかりと固定された。 ※この保存の様子については、新潟市秋葉区の「新津鉄道資料館」に展示されています。 ◆3.「市民・有志とともにある機関車!」 新津第一小での静態保存開始から2年後には屋根が掛けられ、第一小の児童たちが清掃活動などを実施。 現役の機関区職員やOB、市民有志による「蒸気機関車保存協力会」も結成され手厚い保存が続いた。 鉄道のシンボルともいえるSLは姿を消し、(上越新幹線の開通で)新津を通る在来線列車も大幅に減少。 物流の主役も鉄道から車へとシフト。もはやSLは古き伝説と化すような雰囲気さえ感じられた。 しかし、山口線の運行や各地でのイベント列車としてSLが再度スポットを浴びるようになり出した。 新津関連でも平成2年の羽越本線(新津〜坂町)、平成8年から磐越西線(新津〜津川)にSLが限定運行。 また、市内にある新津車両所がJR東日本新津車両製作所に生まれ変わり、新型電車車両の生産も始まる。 翳りの見えた「鉄道のまち」にもニワカに活気がよみがえってきた。 そして市内外の多くから、「第一小の180号機を復活できないか?」という声が強くあがる。 遂には平成9(1997)年8月、「SL・C57-180号を走らせる会」が結成されることとなった。 復元の必要経費2億円の半分を、市民らがオレンジカードを購入するなどして負担する運動も始めた。 平成10年3月、JR東日本(新潟支社)は旧国鉄が無償貸与していた180号を復活させることを発表した。 余談だが、良好な状態で保存されたことで同機の修繕費用は予定額の約半分で済んでいる。 JRの復帰決断を容易にした要素には、こうした有志・市民の影なる努力が実を結んだこともあろうか。 平成11(1999)年3月に復元修理が完了。 翌月、4月29日から磐越西線でSLが定期運行された。 それは、“最初の引退”からちょうど30年振りの本線運行復帰であった。 ≪参考文献等≫ ・新潟市秋葉区HP ・Agajin(阿賀野川情報誌) ・“おもいでの箱”さま(借:引退画像) 多謝! ※ 2008年5月4日 津川駅を出発する「ばんえつ物語号」 (C57-180号機関車) ウゥ〜ッ、風下に位置取ってしまったためススまみれ...(´_`。) |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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郷愁を誘う煙のにおい、 |
RIN(隠れJNRファン) 2008/05/07 07:44 |
えちご屋さん おはようさんです |
テス(nosaman) 2008/05/07 07:54 |
おお!かっこいいですな(´∀`) |
のんちゃん 2008/05/07 11:27 |
鉄道の事改めて思い出しました |
buru 2008/05/07 11:53 |
フム フム・・そうだったのかぁ。 ありがとうえちさん、いいお話! |
けっこ 2008/05/07 19:21 |
かっこいい! |
まだむ 2008/05/07 23:25 |
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師匠は詳し過ぎ!? @弟子えちお 2008/05/08 13:40 |
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ヒマと時間あるのは... @傍観えちお 2008/05/08 13:41 |
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週末限定だけど @洗う大走査線^^; 2008/05/08 13:43 |
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産炭地となれば @知った振りえちお 2008/05/08 13:44 |
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勇ましく働く姿 @えちおの憧れ 2008/05/08 13:45 |
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鉄ママ、鉄子も増えた @ナマクラ鉄・えち 2008/05/08 13:47 |
えち様、メーテルのお誘いはなかったようね(どこかにいるかと、写真を見たがいないようで) |
物欲女王・ほっほっほっ〜 2008/05/10 15:18 |
3年位前かな、親子3人で乗りました! |
ルレクチェ URL 2008/05/10 20:44 |
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アイドリング有り? @暫定税切れ・えち 2008/05/12 16:58 |
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羽越・米坂が聖地だったとか @えちお 2008/05/12 16:59 |
えちご屋さん お久しぶりで |
シロ 2008/05/14 06:36 |
エチ!ぉ久♪インフルエンザから、いろいろあって、なんっか、じたばたしておりましたわ。 |
あねご 2008/05/14 16:57 |
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こりゃリッチか!? @ビンボえちお^^; 2008/05/15 11:52 |
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全身抗菌? @不活性えち(;つД`) 2008/05/15 11:53 |
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