`![]() 長岡市与板町にある「楽山苑」で、 春のライトアップ行事がありました。 “楽山苑”とは... 越後・与板の豪商「大坂屋」を営んだ三輪家の 十一代当主、三輪洵太郎が明治25年から30年頃にかけ 屋敷裏の小山に建てた “茶室風の別荘・楽山亭”と 柏崎の茶人の草庵を移設した“積翠庵” そして三輪家の本尊「十一面観音」を祀るお堂 などを合わせた一帯をいいます。 もちろん、建物まわりや斜面には見事な庭木や「六方組み」石垣などを配してミゴトな“景色”。 (楽山亭) (積翠庵) ![]() ![]() また、与板は良寛の父親・以南(いなん)の実家があった町なので、 良寛も幼い頃から縁者の多いこの地を足げく訪ね、三輪家とも頻繁に交流をしたそうです。 特に六代目当主の弟・「左一」とは、詩歌や学問、仏教などで互いに敬慕し合ったという。 年下の左一が先に亡くなり、老いた良寛がその思い出を偲んだ歌碑も この楽山亭脇の東屋近くに建てられています。 さらには亭の奥に有名な、「天寒自愛」(てんかんじあい)の歌碑もあります。 ・三輪家六代目には美しく教養深い“おきし”という娘がおりました。 おきしは、縁あって一度は他家へ嫁ぎましたが夫と死別し実家に戻り出家。 「維馨尼」(いきょうに)と名乗りました。 経典購入の資金を手に入れるため、江戸へ単身で托鉢に出る決意をすると 時節がらからその身を案じた良寛が心情のこもった漢詩を、維馨尼宛てに寄せたのです。 君 蔵経を求めんと欲して 遠く故園の地(ふるさと)を離る 呼嗟(ああ) 吾れ何をか道(い)わん 天寒し 自愛せよ 12月25日 良寛 (※どうも良寛のまわりには、尼僧とのアブナイ(?)逸話が多いなぁ〜。エロ和尚か! 笑) ![]() 先日来、越後の各地でのトピックとなった 「愛印の戦国武将」も与板が所領であったために さっそく大きな看板が苑の入り口の 銘木“いろは紅葉”の前に掲げられていました。 ( 「涼やかに生きる」記事 もヨロシク。笑) これから新潟県内では南魚沼、上越とともに 与板町も“怒涛の観光騒ぎ”ということになるのでしょう。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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えちさん おはようさんです。 |
あづ 2007/05/19 08:15 |
ちゅうたろうは、ひまにblogされた! |
BlogPetのちゅうたろう URL 2007/05/20 15:17 |
あ、ここには13日夜行ったよ。雅楽も演奏されていたね。 |
けっこ 2007/05/21 10:53 |
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えちろう@エロは仲間?(笑) 2007/05/21 15:14 |
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えちお@“エロのソナタ”…? 2007/05/21 15:46 |
ちゅうたろう、オマエはヒマしてるのかぇ。 |
。。。(〃_ _)σ 飼い主 2007/05/21 15:51 |
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