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help リーダーに追加 RSS  尊敬と愛と... (貞心尼のこと)

<<   作成日時 : 2007/04/26 04:26   >>

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        越後の文人僧 「良寛さん」 のことは、以前も記事にしました。
        実はその業績について、存命中はほとんど世に知られることはなかった、といいます。
    
        その文学的、書道的な才能が世に知られるようになったのは、
        40歳も歳の離れた 「貞心尼」(ていしんに) という美貌の尼との交際の結果なのです。


 (良寛・貞心尼、相対の像 :良寛の里美術館)
画像
       つまり、互いの尊敬・信頼・恋情という
       現実的な交流を経て最終的には、

        “愛する人の足跡” を朽ち果てさせてならぬ

       という彼女の一途な想いで、良寛の業績が
       現在に伝わっている ということなのです。







          そんな貞心尼が暮らした草庵を訪ねました。

            長岡市福島町にある 「閻魔堂」 がそれです。
                                   (女僧の庵なのに、エンマ堂って...。 ^^;)

画像画像











                         『貞心尼』 の“人となり” については、2枚目の画像をクリック!(笑)

         本名を 「奥村ます」さん というんだそうだ。
         バツイチになって、柏崎市の閻王寺で剃髪して尼となったそう。
                           (それで自分の庵の名が“エンマ堂”なのね。)

         貞心尼さんは武家のお嬢さんで読み書きが得意、いわゆる“文学少女”だったようです。
         であるばかりでなく、 『長岡きっての美貌の持ち主』 であったとも言われています。
                                                        (画:拝借もの)
画像
         若いときから和歌の道を志していた貞信尼さんは、

          「良寛さまのお弟子になりたい、 なりたぁ〜〜いっ!」

         と思い立ち、
         良寛さんの住む和島村島崎(現長岡市)に通い出します。


         しかしわずか3年半後、良寛さんは没してしまいます。74歳でした。
         貞信尼さんは、あちこちと良寛さまの足跡を尋ね歩き、
         師の歌を集めてまわり、良寛歌集 「蓮の露(はちすのつゆ)」 を完成させます。

         そんな貞心尼さん。 なんと亡くなったのは、明治5年!(76歳)
                          (明治5年って、新橋〜横浜に汽車が走った年ですょ。)




             江戸時代の良寛さま と 明治まで生きた貞心尼さん が繋がってるのは、感慨深いなぁ。

             貞心尼が良寛さまを訪ねる姿を、けっこちゃーんがブログでスケッチされてます。
              そちらも良かったら覗いてみてください。 

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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
なんだか 映画のような お話ですね。
これほど誰かを愛せるなんて 本当に幸せな女性だと思います。
けっこちゃーんのブログを読んだ時も 感動したなあ。
映画ファン
2007/04/26 21:33
尼さんも閻魔さんも、みーんな恋には、負けちゃうんだよねえ。
若い頃(ちょっと最近だけど笑)、花嫁修業で、お茶をたしなんでいた頃をなんだか思い出しましたわ。
あねご
URL
2007/04/27 09:29

 映画ファンさん。

    こんちはぁ。
   心を通わすオトコとオンナには映画のような時間が流れる?
    師を慕っていた“証し”として、
         作品集めに情熱を傾けそしてそれが形見かなぁ。
 
芸術とは情念?@えち
2007/04/27 10:52

 あねごぉ〜。

   ヽ( ̄▽ ̄)ノ ナハハ♪  そうかもしんない。
  エンマ様でも鬼の頭領でも、“泣く子とオナゴ”には弱いのか?

   おぉ、花嫁修業!  すると、空手・柔道・演説講談?
                  。。。タッタッタッタタタタタタ!( ^^)ノノ
  
修行したのね、やっぱ!@えちお
2007/04/27 10:53
“物より思い出”とかいうキャッチコピーがあったけど、その通りかも。
死んだ後に残る人の価値は、お金とか名誉でも何でもないよね。
誰かの心に、思いでがいつも春風のように吹いているととしたら、
残された者も、いつしか幸せな満たされた気持ちで生きられる。
貞心尼が76歳まで肌身離さず持っていたとか?いう良寛歌集 「蓮の露」
名前からして、ロマンチックではありませんかあ。
それにしても、美貌の尼・・・というのが気に食わないよ。
良寛さんも意外とメンクイだったのかしらん?

えち庵さん、リンクありがとうねえ。  閻魔女王。
けっこちゃーん
2007/04/27 13:23

 けっこちゃーん。

   “貞心尼チャン”の乙女ゴコロと“良寛ジィ”のスケベ心。
  後世の史家や文学家のキレイな解釈の底に、
     面食いジィと有名人フェチのお嬢のアヤシイ交際...
            (ウィークエンダー三面記事的かぇ〜?)
  現在、日報に連載中の工藤女史の解釈もオモシロいッす(笑)。
  
えち、...在り得るハナシだなぁ。
2007/04/27 21:35
ほっほう 日報に連載中?
知らなんだわん、明日見てみようっと。
世捨て人 けっこ
2007/04/27 23:13

 寄せてのヒト...じゃなくて、
             世捨てのオネエ。

   アララ、ご存知なかったですか けっこ姉さらしくもない。
えちお、ヨロピクゥ〜!
2007/04/28 00:04
トオちゃんが↑見たいな人だから、うちは読み書き新聞なの。
日報は仕事辞めてから、タダ読み出来ない〜〜〜涙
巨人大鵬玉子焼き
2007/04/28 00:20
わぁ〜。良寛さまのお話だぁ。(と寄ってきました)
貞心尼さまの草庵が閻魔堂って…魔なんてつけちゃって、すごいですね…。えちさんのブログでお勉強すると、良寛さまのイメージが、人間味を帯びてきます。
まだむ
2007/04/28 20:51

 まだむさん。

   こんちはぁ〜〜。
  もぅチョッと文学的に書こうと思うんだが、どうもエロが(笑)。
   良寛と貞心尼には肉体的接触はどうだった?
      などと地元紙の連載に書かれると、つい目が(泣)
   “自然なまま”を生きた良寛だからこそ、ありそうな...
   
えちお。ウゥ〜ム、なんだかエロいが......
2007/04/29 22:41

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